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いしだあらた

午後12時30分 日曜日更新(隔週または月一)

日高本線取材旅行

 BVE5日高本線、特設サイトを発表いたしました。


 年末年始は日高本線の苫小牧→鵡川のほか、東静内方面までの現地取材を敢行し、内地とは違う北の大地特有の自然を再現する、その解決の糸口が掴めました。相変わらず軽量化には自分一人の頭脳では限界がある。そこもなんとかうまく切り抜けるしかない。
 さて、くだんの日高本線ですが、まずは苫小牧→鵡川の現存区間をひきつづき進めています。キハ40に関しては、5日の滞在期間をフル活用して「目に、耳に、鼻に穴が開く」ほど乗り潰し・収録・体感をしてきました。今年3月のダイヤ改正で完全撤退ということもあり、滑り込みセーフ。ここにきて「日高線」という路線に愛着を覚え(真冬で寒かった環境も含め)、「この路線、作りたい」という気持ちがとても湧き上がる、そんな現地取材でもありました。
 これと並行し、ニコニコ動画にて「終末への旅路-2025年・冬の旅」の第1回にて、日高線取材の記録をドキュメンタリー映像として残しました。こちらも特設ページを開設。淡々と風景が続くものですが、日高線の雰囲気をどうぞお楽しみください。

※以下の取材記録は、BVE日高本線特設サイトや各媒体にて文章形態を変えつつ掲載します。

【1日目】

 北海道上陸、日高本線への取材は16時頃より敢行。はやぶさ指定席(立ち乗り)、北斗(通路側指定席)を乗り継いで苫小牧へ。北海道新幹線、青函トンネルでの最高速度が知らない間に200km/hを超えてて「こんな速かったっけ?」って静かにびっくりしていました。7年前は在来線と変わらない速度だったのに。

 夕方という事もあり、既に日没寸前の苫小牧。ホテルに荷物を降ろし、苫小牧⇔鵡川で往復乗車。キハ40は山陰本線と函館本線(山線)で計2回乗った限りなので、遅いんだろうなと思った割には「めちゃくちゃ飛ばすじゃん…」って思いました。



 冬期につき、レールも縮んでいるのか、継ぎ目を渡るたびにズシンと縦揺れが。この衝撃でボルトが緩んだり疲労が蓄積してるんじゃないか?って不安になるような揺れ。それでも「キハ40は意外と速い」と、最後の最後で実感。

 最終列車では、勇払駅に下車。小一時間ほど駅周辺を散策。



 無機質な待合室に北の国の静寂感。車も殆ど通らない。列車の到着時刻が近づいてくると、遠くから鉄橋を渡る音が聞こえてくる。そして戻りの苫小牧行きは、駅手前で長々と警笛を鳴らし、再加速して入線。ハッキリ見えませんでしたが、おそらくエゾシカが直前横断した可能性…。


【2日目】

 早速一番列車で、苫小牧⇔鵡川を往復。朝イチの列車は2両編成で、先頭から「海の恵み」「宗谷色」の組み合わせ。



 朝に鵡川始発が1本多く出ている理由は"コレ"だったようです。事前にダイヤを調べていたのですが、鵡川発が2本連続で出ていくようになっていたので「苫小牧から送り込み回送か?」と思っていたら、先頭車客扱い+後ろは回送列車という組み合わせでした。鵡川駅に到着すると切り離しを行い、回送扱いだった1両が普通列車となり、先に苫小牧へと戻ります。その後は追分行となり、室蘭線方面へ向かってゆきました。

 ホテルでの朝食後「海の恵み」が苫小牧に戻ってきたので、その列車に乗り込み。次に向かうは静内方面。鵡川駅でバスへと乗り継ぎます。しばらく内陸部を走ったのち、日高線の廃線跡と並行して走ります。途中シカのトリオが道路を横断して急ブレーキ。やがて雪だった天気も晴れ→曇りと目まぐるしく変わり、厚賀駅を出ると、かつての日高線ハイライト区間へ突入。「この崖下を走っていたのか」と思うと、自然の猛威に負けたというやるせなさが強く引き起こされます。圧倒的な景色だったんだろうな。

 バスは新冠農協前に到着。日高本線の線路わきで特徴的な建物のひとつとして「レ・コード館」があります。その建物を撮影へ。それが終わると次は、撮影地として有名だった判官館のトンネル跡へ。

 

 日高から眺める海は、明るい色でした(曇ってたせいもあると思う)。護岸壁と海岸線の間、そこを日高線が走っていました。橋や線路が至る所に残っています。そして雨脚は強くなる。新冠駅駅舎は待合所となっているので避難。



 「現役時代は、ここで列車を待っていたんだろうな」観光案内のパンフレット置き場、中身は空っぽでした。

 次は、大狩部駅跡へ。事前にバスを調べたところ、どうやら駅跡最寄りのバス停は「大狩部」ではなく「大節婦」。間違えて降りてしまうという失態を回避。危なかった。そんなバス停自体もなにかと面倒な位置に設置されていたり。

 大狩部駅周辺は物々しい雰囲気。ずいぶん前から立ち入り禁止となっていますが、待合室の廃墟はどうやら入れるみたいだったので、お邪魔しました。案の定「とりあえず風除けに建てました」といった感じの、荒れ果てた室内。窓が無い冷たい雰囲気でした。そしてニュース映像で衝撃を受けたぐにゃぐにゃの線路ですが、これは護岸工事が終わっていたので完全撤去されていました。それでも荒れた波が打ち付け、容赦なく護岸を水浸しに。「そりゃ廃線になっても仕方ないよこれは…」と、ため息です。



 大狩部駅跡から節婦駅方面。線路が残っており、バス停付近から撮影。一瞬だけ国道の上下線が信号待ちで車が止まるらしく、その間を見計らって可能な限り近づいて記録。



 宙吊りの線路、橋脚に打ち付ける波…。日高線の厳しい現実を見ました。写真だけじゃ体感できない、この痛み。雨が降り、曇天で風も強い。駅周辺に民家は少ない。そんな大狩部駅跡でした。

 バスは定刻通り(珍しいかも)に大節婦バス停に到着し、静内駅へ。静内駅はきれいに整備され、内部にはお土産屋、ラーメン屋などがテナント入り。ラーメンを頂いたのち、東静内方面へ散策。途中に鉄橋があるので、その様子を。
 ラーメン屋の主人と少しばかり会話してきたのですが、新ひだか町あたりは北海道内でも比較的暖かい地域らしく「雪が降ってもすぐ雨となって流されてしまう」とのこと。「空港方面(襟裳岬や帯広)に行けば変わってくる」らしい。



 また室内にはウマ娘の姿が。もし日高線が現在も生きていれば、ウマ娘との大々的なコラボが展開されていた可能性も。

 東静内方面に遺された鉄橋。周辺は徐々に薄暗くなっており、雨も相変わらず。

 ただただ、廃線になっても佇む遺構に心を持っていかれました。鳥達の羽休め場になってます。誰もそっちに行きやしないからね。その後、静内発苫小牧行きのバスに乗り込み、浜厚真駅へ。バスの乗客は自分含めて多くても5人、富川から2人、最終的には鵡川駅近くで1人乗り込んでき3人。少ないな。

 真っ暗で何もわからない中、発車3分前ギリギリで駅に到着し、浜厚真→鵡川→苫小牧のルートでホテルへ戻りました。


【3日目】

 国鉄広尾線の愛国駅と幸福駅を訪ね、早朝より721系(貴重なuシート編成)と特急おおぞらに揺られて、はじめての道東方面へ。こちらはまた後日、別の記事で。

【4日目】

 大晦日。丸一日を使ってひたすら日高本線を往復します。もう一つの目的は、全駅下車(2駅だけなんだけど)。



 もはやホテルライク。

 どちらも苫小牧始発で乗り込み、鵡川始発で戻る計画です(そのほうが滞在時間的に丁度いい。ホテルにも戻れるし)。



 シカ多すぎませんか??
鵡川→苫小牧→食事→苫小牧→浜厚真のルートで現地取材へ。

 浜厚真駅。


 再び登場浜厚真。勇払とは違って、こちらは緩急車由来の待合室。前面には可愛い顔がペイントされていた。取り壊しを躊躇ってしまうような愛らしさ。

 駅周辺は、集会所みたいなものがあり、それ以外は勇払原野の真っただ中。道南バスの浜厚真バス停も変な場所にありましたが、こっちもこっちで中々。夜の時なんかは「クマ出たらどうしよう」レベルで怖かった。変な鳴き声も聴こえてたし。なによりも小岩井で本物のクマを見てますから。というわけで、取材しつつシカ探し。



 踏切に差し掛かるとなにやら視線を感じる。

 いました。
「あっ、シカだ!ぼくは今捉えました!シカでした」

「上手く撮ったかしら?帰るわね」という具合に、茂みへと姿を消してしまいました。シカ探しが第二の目的になりつつある。その後、鵡川からの折り返し列車に乗り込んで、再び苫小牧へ戻ります。


 三星駅前店のパン屋。野田サトル先生のイラストが飾ってありました。

 勇払駅。
 夜間とは違い、当然駅周辺には何があるのかがハッキリとわかる。でもそれは逆に、人の営みが少なく日高線存続が予断を許さない状況であるともとれます。そんな当駅はすぐ横に学校があるため、駅からちょっと離れれば建物が目立ちます。住宅街には、当たり前のように"シカの生きてる証拠"が転がっているので、踏まないように気を付けながら散策。
 しかし後日、線路わきの校庭的な広場に集団でたむろしているのを目撃。ホテルスタッフによると王子製紙の敷地内では群れを作って生活しているそうな。平然と建造物侵入を繰り返しているらしい。まったく罪な奴らだぜ。

 乗り納め。
 夕方便では、苫小牧を出発したところでいきなり防護無線を発報し急停車。沼ノ端方面からきている特急がシカと衝突して止まりました。デッキに居たので無線のやり取りを聞いていましたが「シカを線路脇によけた」「血痕がついてるけど問題無し」「車輪への巻き込み無し」「乗客にけが人無し」などという生々しいやりとりが行われました。そうやって日夜戦ってるんですね、JR北海道さん。

 年度内の最終列車では、チューハイ(ぶどう酒)を持ち込み、酒盛りしながら国鉄気動車を堪能。2025年の乗り納めは日高本線のキハ40となりました。この思い出は忘れられない。
 ちなみに夜間になると、浜厚真~苫小牧貨物付近はシカが多数出没。直前横断による急ブレーキがありましたが、最終便はそれが一切なく、定刻通り苫小牧まで走り抜けました。シカも年越し祝いを原生林の奥地で開催するようです。最後は安全運転でした。


【5日目】

 旭川移動日。26年度、キハ40にとっては最後の3ヵ月。始発便に乗り込みます。組み合わせは「海の恵み」と「宗谷色」で、復路は「宗谷色」でした。これが旅において最後のキハ40ということで、苫小牧⇔鵡川を粛々と堪能。2日目同様、その列車は追分行となり、日高線ホームを離れていきました。

 たった5日間の日高線、最後の最後でキハ40を乗り回しできて悔いは無し。当時はキハ40のデザインや雰囲気に薄味でイマイチな感想を持っていたので、そのイメージを根底から覆されたなって思いました。
 乗ってみれば意外と速いということ、酷寒地向け特有のデッキ付きというプライベート性。二重窓の安心感。BVEでは癖があり操作の難しい車種だけども、その実態は「堅牢で重みのある頑丈な車両」でした。だからこそ、ここまでずっと残ってきたんだな、と。
 キハ40という車両の良し悪し、そして日高本線の現存区間と廃線跡から伝わる自然の驚異と、鉄道が無くなったことによる静けさ・虚しさ、そのすべてに圧倒される情報量の多い現地取材でした。
 データ自体は、奥羽本線(山形線)でのスタイルを継承するため、非写実的です。ですが、所々で特徴的な建物があったりするので、FPSを考慮しつつ(最低限)第一期公開予定区間として、苫小牧駅~鵡川駅間に着手しています。続報は特設サイトにて。
 いやぁ、エモとチルアウトが同居していて楽しかった。
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